東京の地価上昇で建替えは本当に有利か?建設費高騰時代の商業ビル活用戦略
東京の地価上昇で「建替え」を考える企業が増えている
近年、東京では商業地を中心に地価上昇が続いています。令和8年地価公示における東京都の商業地の対前年平均変動率は12.2%、区部の商業地は13.8%となっており、都心部だけでなく、駅周辺や再開発エリアでも上昇傾向が見られます。
また、令和8年7月1日時点の東京都基準地価格でも、東京都全域の商業地は11.4%、区部の商業地は13.3%上昇しています。区部では、調査対象となった地点すべてで価格が上昇しており、東京の商業不動産に対する需要の強さが確認できます。
このような状況の中で、商業ビルを所有する企業や不動産オーナーからは、次のような相談が増えています。
「土地の価値が上がっている今、建替えた方がよいのではないか」
「古い商業ビルをそのまま使い続けるのは機会損失ではないか」
「建替えれば賃料を上げられるのではないか」
「今の建物を改修して使い続ける方がよいのか」
確かに、地価が上昇しているエリアでは、商業ビルの使い方を見直すことが重要です。しかし、地価が上がっているからといって、必ずしも建替えが最適とは限りません。
現在は、地価上昇と同時に建設費も高い水準で推移しています。国土交通省の建設工事費デフレーターは、令和8年4月分から2020年度基準、つまり2020年度=100に改定されています。 この基準では、2026年6月の非住宅総合は124.9で、2020年度比で約25%高い水準にあります。前年同月の2025年6月は121.2であり、前年同月比でも約3%上昇しています。
つまり、今の商業ビル戦略では、単純に「土地が高いから建替える」のではなく、土地・建物・収益・工事費・テナント運営を総合的に判断することが求められます。
地価上昇時代でも、建替えが常に有利とは限らない
商業ビルの建替えには、いくつかの明確なメリットがあります。まず、建物の老朽化を根本的に解消できます。耐震性能、設備容量、空調、給排水、エレベーター、共用部、外観デザインなどを一新できるため、テナント誘致力を高めやすくなります。
また、容積率を十分に使えていない建物であれば、建替えによって延床面積を増やし、賃貸可能面積を拡大できる可能性があります。駅前や繁華性の高いエリアでは、飲食・物販・サービス・クリニック・オフィスなどを組み合わせた複合的な商業ビルとして再構築する選択肢もあります。
しかし、建替えには大きなリスクもあります。
既存建物を解体し、新築工事を行う場合、解体費、設計費、確認申請費、建築工事費、設備工事費、外構工事費、仮設費、近隣対応費などが発生します。さらに、工事期間中は既存テナントからの賃料収入が止まる可能性があります。
商業ビルの場合、この「収益停止期間」は非常に重要です。建物が完成すれば収益が上がるとしても、解体から竣工、テナント入居までに長期間を要すれば、その間の機会損失は小さくありません。
建設費が安定していた時代であれば、建替えによる収益改善効果を見込みやすいケースもありました。しかし現在は、建設費、設備費、人件費、資材価格が高止まりしており、新築後の賃料上昇だけで投資回収できるかを慎重に検証する必要があります。
建替えを検討すべき商業ビルの特徴
それでは、どのような商業ビルであれば建替えを検討すべきなのでしょうか。
1. 現在の建物が土地のポテンシャルを活かせていない
地価が高いエリアでは、土地をどれだけ有効に活用できているかが重要です。例えば、駅前や幹線道路沿いにありながら、低層の古い建物として使われている場合、現在の建物が土地の収益力を十分に引き出せていない可能性があります。
ただし、容積率に余裕があるからといって、すぐに建替えが有利になるわけではありません。実際には、前面道路幅員、斜線制限、日影規制、防火地域・準防火地域、駐車場・荷さばきスペース、避難経路、設備スペースなどの条件を確認する必要があります。
計画上は床面積を増やせるように見えても、実際には階段・エレベーター・機械室・PS・EPS・避難経路に面積を取られ、想定ほど貸床面積が増えないケースもあります。
2. 既存建物の設備更新コストが大きい
商業ビルでは、建物本体だけでなく、設備の老朽化が大きな課題になります。
空調設備、受変電設備、給排水管、消防設備、エレベーター、排煙設備、厨房排気設備などは、テナントの営業に直結します。特に飲食店舗が入る商業ビルでは、給排水・排気・防火・防臭対策が不足していると、入居できる業種が限定されます。
大規模な設備更新が必要であり、なおかつ既存建物の構造や階高、設備シャフトの制約によって十分な改善が難しい場合は、建替えを検討する価値があります。
3. テナント構成を根本的に変えたい
既存ビルのテナント構成が現在のエリア需要と合っていない場合も、建替えが選択肢になります。たとえば、以前は物販中心だったエリアが、現在は飲食・インバウンド・美容・医療・体験型サービスの需要が強いエリアに変化している場合、建物の仕様そのものを変えなければ競争力を高めにくいことがあります。
東京都も令和8年地価公示の商業地動向について、国内外からの観光客増加による出店需要、駅周辺の大規模再開発、店舗併用マンション需要などが上昇要因として見られると説明しています。このようなエリアでは、単なる外装改修ではなく、テナント構成、動線、視認性、ファサード、設備容量を含めた再設計が必要になることがあります。
一方で、既存建物の活用が有利になるケースも多い
建設費高騰時代には、建替えよりも既存建物の活用が合理的なケースも増えています。
1. 構造体に大きな問題がない
建物の築年数が古くても、構造体に大きな問題がない場合は、改修によって十分に価値を高められることがあります。特に、躯体を活かしながら、外装、エントランス、共用部、トイレ、空調、照明、サイン計画を更新することで、テナントや来館者の印象は大きく変わります。
商業ビルでは、すべてを新しくするよりも、収益に直結する部分へ重点的に投資する方が効果的な場合があります。
2. 営業を止めずに段階的に改修できる
商業施設にとって、営業継続は重要なテーマです。建替えの場合、既存テナントの退去、解体、新築、再募集という流れになるため、収益が一時的に止まります。一方、既存建物を活用する場合は、フロアごと、区画ごと、設備系統ごとに段階的な改修計画を立てることで、営業を続けながら価値向上を図れる可能性があります。
たとえば、1階の視認性改善、共用部のリニューアル、空調更新、トイレ改修、屋上・外壁の修繕、サイン計画の見直しなどを段階的に実施すれば、初期投資を抑えながら収益改善を狙えます。
3. 建替え後の賃料上昇が限定的
建替えによって新築ビルになっても、必ずしも想定どおりの賃料でテナントが入るとは限りません。商業ビルの賃料は、立地、視認性、歩行者通行量、駅距離、周辺競合、業種需要、建物の間口、天井高、設備容量などによって決まります。建物が新しいだけでは、十分な賃料上昇につながらない場合があります。
特に、建設費が高騰している現在は、新築投資額を賃料に転嫁しようとしても、テナント側の採算と合わないケースがあります。その場合、建替え後も空室期間が長くなったり、賃料を下げざるを得なかったりするリスクがあります。
建設費高騰時代の商業ビル活用戦略
東京の地価上昇局面では、建替えか改修かを二択で考えるのではなく、複数の選択肢を比較することが重要です。
戦略1:建替え前に「収益改善型リニューアル」を検討する
建替えを決める前に、まず既存建物でどこまで収益改善できるかを検討します。
具体的には、以下のような項目です。
1階区画の視認性を高められないか
エントランスや共用部を改善できないか
看板・サイン計画を見直せないか
空調や照明の更新でテナント満足度を上げられないか
飲食対応、クリニック対応、美容系テナント対応など、入居可能業種を広げられないか
空室区画を小割り・統合して、需要に合う面積に変えられないか
商業施設では、建物全体を新しくしなくても、顧客接点となる部分を改善することで、賃料や稼働率の改善につながることがあります。
戦略2:建替え・改修・売却・定期借地を比較する
土地価格が上昇している場合、選択肢は建替えだけではありません。自社で建替える、既存建物を改修する、土地を売却する、定期借地として貸す、共同事業化するなど、複数の方法があります。
自社で建替える場合は、完成後の収益を得られる一方で、建設費や空室リスクを負うことになります。定期借地や共同事業の場合は、自社の投資負担を抑えながら土地活用を進められる可能性があります。
重要なのは、「建物を新しくすること」ではなく、「保有資産からどのように安定した収益を生み出すか」です。
戦略3:解体前に法規制と既存条件を確認する
古い商業ビルを建替える場合、現在の建物と同じ規模・同じ用途で再建できるとは限りません。建築基準法、都市計画、用途地域、防火規制、道路条件、容積率、建ぺい率、斜線制限、日影規制、駐車場条例、バリアフリー関連、消防法など、確認すべき項目は多岐にわたります。
既存建物が古い場合、現在の法規制に照らすと、同じボリュームで建て替えられないケースもあります。解体後に「想定より小さい建物しか建てられない」と判明すると、事業計画に大きな影響が出ます。
そのため、建替えを検討する段階では、早めにボリュームチェック、法規制調査、概算工事費、事業収支を確認することが重要です。
戦略4:工事費だけでなく、事業全体のコストを見る
商業ビルの建替え・改修では、建築工事費だけを比較しても正しい判断はできません。実際には、以下のようなコストも含めて検討する必要があります。
解体費
設計費
各種申請費
近隣対応費
テナント退去・移転対応費
工事中の賃料収入減少
借入金利
竣工後のリーシング費用
維持管理費
修繕更新費
特に商業ビルでは、工事期間中の営業停止やテナント退去が大きな損失になることがあります。単純な坪単価だけでなく、事業全体のキャッシュフローで判断することが必要です。
コンストラクションマネジメントが必要になる理由
建替えか、改修か。
新築か、リニューアルか。
自社保有か、外部活用か。
商業ビルの判断は、建築・不動産・テナント運営・法規制・収支計画が複雑に関係します。このとき重要になるのが、発注者側に立ってプロジェクトを整理するコンストラクションマネジメントです。
コンストラクションマネジメントでは、設計者や施工会社を選定する前の段階から、発注者の目的、予算、スケジュール、収益計画、リスクを整理します。
たとえば、次のような支援が可能です。
建替え・改修・段階施工の比較検討
既存建物の課題整理
法規制・ボリュームの初期確認
概算工事費の整理
事業収支に影響する工事項目の洗い出し
設計者・施工会社への依頼範囲の整理
見積内容の比較・精査
工事中のコスト・スケジュール管理
テナント営業への影響を抑えた工事計画の検討
商業施設の建替えや改修では、設計図面ができてからではなく、計画初期の判断が非常に重要です。初期段階で方向性を誤ると、後から設計変更やコスト増加が発生しやすくなります。
東京の地価上昇時代こそ「建替え前の比較検討」が重要
東京の地価上昇は、商業ビルオーナーにとって資産価値を見直す大きな機会です。しかし、建設費が高い水準で推移している現在、地価が上がっているからといって、すぐに建替えが有利になるとは限りません。
重要なのは、次の視点で総合的に判断することです。
現在の建物は土地の価値を十分に活かしているか
建替えによって本当に収益が改善するか
改修で同等の効果を得られないか
工事中の賃料収入減少をどう見るか
建設費高騰を踏まえて投資回収できるか
法規制上、想定どおりの建物が建てられるか
テナント需要と建物仕様が合っているか
商業ビルの活用では、「建替えるか、残すか」ではなく、「どの投資が最も合理的か」を見極めることが重要です。東京の地価上昇局面では、建替えの前に、既存建物の活用可能性、段階的なリニューアル、収益改善策、事業収支を比較検討することが、失敗しない商業施設戦略につながります。
商業ビルの建替え・改修・リニューアルを検討する際は、初期段階からコンストラクションマネジメントの視点を取り入れ、発注者にとって最適な計画を整理することが重要です。
※本記事は、商業施設・商業ビルの建設計画を検討する法人担当者向けに、一般的な考え方を整理したものです。実際の建替え・改修・用途変更・法規制対応については、敷地条件、建物状況、自治体の運用、テナント条件により判断が異なります。個別計画では、専門家への確認をおすすめします。


